シルクロードの旅
5日目 8月23日 敦煌
5-1 敦煌の町はずれ
本日の観光地は、敦煌の街から70Kmほど離れたところの、河倉城、漢代の長城、玉門関、陽関である。この写真は、朝、ホテルを出発し町はずれにさしかかったあたり。仕事に出掛ける人が多い時間帯のようだが、交通量はそれほど多くない。朝のうちは、曇っていた。
5-2 ゴビで運転練習
水の枯れた川を渡りゴビ灘に出ると、まず土砂の採石場があり、次に人民解放軍の運転練習場が現れた。だだっ広いところなので、ぶつかる心配は無いが、果たして練習になるのだろうか?。
5-3 敦煌古城
こちらは、映画「敦煌」のロケ地の、敦煌古城。入城して観てみたいところだが、残念ながら通過しただけ。
5-4 ゴビと蜃気楼
しばらく走ると、ゴビのまっただ中へと入っていく。車が故障したら大変だ。草木が生えているのは偽ゴビで、何も生えていないのが本物のゴビなのだそうだ。この写真の地平線中央の黒い筋は、本物のオアシスだが、左右にも湖が広がっているように見えるのは蜃気楼である。
5-5 河倉城
河倉城へ到着。ここまでの道は、まさに道なき道といった感じだった。河倉城は、漢代の軍需食糧倉庫である。高い城壁が残っており、調査と修復作業が行われているようである。
5-6 丘の上の烽火台
河倉城付近の丘の上には、烽火台がある。
5-7 河倉城での記念写真
河倉城の中は、自由に歩くことができる。背後には草原が広がり、眺望が素晴らしいところである。
5-8 河倉城から見た草原
シルクロードの雄大さを彷彿とさせる景観である。草原の中には河が流れ湖もあるのであろう。 点々と見えるのは、羊の群である。河倉城とは、河のほとりの食料倉庫、との意味であったのだろうと想像できる。
5-9
河倉城全景
帰りに、先ほど見えた烽火台のところでバスを降り、河倉城全景を振り返った。背後に草原が広がり、遙か彼方には山並みが見え、なかなか美しい眺めである。漢の繁栄が偲ばれる。
5-10 道なき道
烽火台からバスへ戻るところである。この写真を見てもわかるとおり、このあたりには道などなく、走れるところを選んで走るのである。わだちが残っていれば良いが、そうでないとバスの運転手も烽火台を目印に走るのだそうだ。
5-11 漢代の長城
漢代の長城は、河倉城からさほど遠くないところを走っている。ここ以外にも延々と続いているのだが、このあたりが一番良く残っているので、柵で囲った観光スポットとなっているようだ。遠くに烽火台が見える。
5-12 長城のアップ
長城は、土と砂礫と葦を混ぜて、何層にも付き固めてできている。2000年たっても、これだけ残っているので、かなり頑丈な作りなのであろう。
5-13 玉門関城?
実は、ここは玉門関の休憩所兼売店なのだが、四方を城壁のようなもので囲っているので、城のように見える。歩いているのは、ここの「城主」である。家でも街でも国でも、城壁で囲ってしまうのは、中国人の古来からの習性なのだそうだ。
この城の中には、井戸あり、風力発電機あり、ビリヤード台もありで、なかなか充実していた。ただトイレだけは、今回のツアー中で最も中国風であった(汚物が城壁下の穴から城外に転げ落ちる仕組み)。
5-14 休憩所の中
土間にテーブルが2つ。回りには、ちょっと質素な骨董品風土産物が並ぶ。この日の昼食は、ホテルから持ってきた弁当を、ここで食べたのである。数時間砂漠の中を運んできたため、ご飯はちょっと乾燥気味だったが、鯖の塩焼きが異様に美味しかった。敦煌になぜ鯖があったのかは、いまだ謎である。
5-15 玉門関の砦跡
玉門関の遺跡は、この砦跡だけである。厳しい環境の中に、ここだけポツンと残っていると、辺境の砦といった風情がより一層強く感じられる。
5-16 砦の中
砦の中はガランとして、少し草が生えているだけである。ただ、ここから見える周囲の景観も素晴らしかったのだ。
5-17
玉門関から見た草原
玉門関の砦跡の門の一つからも、草原と山並みが見えた。河倉城からの眺めに似ているが、山の形が違うので別なところが見えているのであろう。漢代の城や砦は、みなオアシスのほとりの高台に造られていたらしい。砦を守る兵士も、このような美しい景色を眺めたら、少しは心が和んだのではなかろうか。
5-18 陽関の烽火台
玉門関と陽関の間も70Kmほど離れているので、また砂漠の中をしばらく走り、陽関へ到着。陽関に残っている遺跡は、この烽火台だけである。
5-19 小山の上の展望台
烽火台の先の小山の上に展望台が造られていて、周囲のパノラマを見渡すことができる。この写真の右端近くに、小さな竜巻が見える。竜巻もゴビ灘の名物の一つだ。
5-20 陽関のパノラマ1
これから5枚の写真は、小山の上の展望台から撮影した連続パノラマである。陽関の近くにもオアシスがあり、陽関も河倉城や玉門関と同様に、オアシスのほとりに設置されていたことがわかる。
5-21 陽関のパノラマ2
5-22
陽関のパノラマ3
この方角は一面の砂漠しか見えない。ここから先は、もうタクラマカン砂漠である。
5-23 陽関のパノラマ4
5-24 川を渡る
陽関付近のオアシスには小川が流れているが、橋などなく、そのまま車で川の中を走って渡る。
5-25 夜光杯工場
時間があるので、夜光杯工場へ立ち寄り。夜光杯は酒泉が本場だが、敦煌も祁連山脈に近いので、夜光杯が作られている。敦煌では本場酒泉製の夜光杯も売っているが、敦煌に来たのだから敦煌製を買った方が良いと思う。
5-26 夜光杯の原石
夜光杯の原石は、祁連山脈の玉石だ。原石の向こうに、円筒形に切り出した塊が沢山散らばっている。
5-27 夜光杯の製作
夜光杯は、このようにして内部をくり抜き、回りを削って作っていく。玉石はかなり固い材質なので、非常に時間がかかるそうだ。
5-28 売店に並んだ完成品
夜光杯は、色が綺麗で、座りが良く、表面(特に飲み口)が滑らかで、2個を軽くぶつけた時に高く澄んだ音が出るものが良い。但し、全ての条件を満たすのは難しく、高価になってしまうが...。夜光杯も、ホテルや町中の売店の方が安いことが多いが、品数は工場の方が豊富である。ここでは、ワイングラスを10セットほど購入した(1セット2500円程度)。
5-29 敦煌賓館の貴賓館
ここが宿泊した、敦煌賓館の貴賓館。このホテルでは少々奇妙なことがあった。部屋を、ほんの30分ほど空けただけでも、その都度、服務員が入ってくるようで、ポットのお湯だけが補充されていたり、ベッドのシーツだけ直っていたりするのだ。最近は、中国でもチップを置く習慣が広まりつつあり、服務員の間でチップ争奪競争が行われているのかも知れない。
5-30 敦煌の街並み
夕食後、まだまだ明るいので敦煌の街に出てみた。落ち着いた地方都市といった風情である。
5-31 反弾琵琶伎楽天像
敦煌のシンボルである、反弾琵琶伎楽天像のところまで散歩した。反弾琵琶伎楽天は、莫高窟の第112窟に描かれているもので、琵琶を背中に回して弾いている。この後、敦煌夜市を見て回ったのだが、買い物に熱中のあまり写真を撮るのを忘れてしまった。夜市では、亀の印鑑(骨董品の複製らしい)、反弾琵琶伎楽天像のミニチュア、陶器製の笛、莫高窟トランプ、首飾りなど小物をいろいろと買った。
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